「んで、誰にやられたの?」





『えーっとー・・・・・・』
















081 親友。















2人で自宅に帰ってきて、ジュースを用意するためキッチンに向かおうとしたら

「保冷剤なら俺が持ってくるから、ちゃんは座って待ってて。」と、

キヨにエスコートされて半強制的にソファに座らされた。





なんか、せっかく来てくれたのに悪いなー。

でも全身だるいから、正直ありがたいかも・・・








『キヨー、冷蔵庫の中のジュース、適当に飲んでね。』



お礼とともに私がそう言うと、「オッケーv」という返事と、冷蔵庫や戸棚を開ける音が聞こえた。



もう何度も来ているからコップの位置なんかもわかっているらしく、すぐにキッチンから出てきて

彼が持つおぼんの上には、ジュースの入ったコップ2つと保冷剤が乗っていた。










『ありがとう。』

「はい、どーぞv」



おぼんをソファ前の机の上に置き、そこからコップを私の前に移した。


そして私の左隣に腰掛け、ハンカチを出して保冷剤を包んで渡してくれる。















あー、きもちいー・・・・・・





保冷剤をいまだに熱を持っている左頬に当てると、その熱を、痛みを優しく奪うように

キヨのハンカチ越しにゆっくりと冷たさが伝わってきた。



左腕がまだ痛むので、右手で左頬を冷やすのはやりにくいけど、まあ仕方がない。




















「んで、誰にやられたの?」








ここで冒頭に戻るわけ、だけども。










『えーっとー・・・・・・』





隣に座るキヨは上半身をまっすぐ私に向け、

心配そうな、それでいて少し怒ったような目で私をじっと見つめる。





何か悪い事をしたわけではないんだけど、なんとなくバツが悪くてキヨの方を見ることができないでいた。















誰にやられたかって言えば・・・・・・真田くん、なんだろうけど。



でも、あの状況では真田くんが悪いわけじゃないし・・・

んー・・・・・・てか、考えてみれば誰が悪いんだろ?あれ?



やっぱり安瀬先輩?いや、でもこのビンタは違うようなー・・・んー・・・・・・

























ぎゅっ。





キヨになんて説明をしようか考えながら、ぼーっとジュースの入ったコップを見つめていたら、

保冷剤を押さえていた右手の手首がふいに掴まれた。










っ?





ぽとり、と保冷剤がひざの上に落ちる。



反射的に隣に座っている彼のほうを見ると、

今まで見たことがないような悲しい表情で、私の顔をのぞきこんでいた。





気まずくて逸らしていた視線ががっちりと絡み合って、

その強い視線から逃れることはできなかった。










キ、ヨ・・・・・・?













彼は私の右手を優しく掴んだままゆっくりと下ろし、

ぴったり身体が触れ合うほどの距離に座りなおす。















「テニス部のやつらのせいで辛い目にあってるんじゃないの?」





キヨとの距離がぐっと近くなる。








違う。違うよ?



そう言いたいのに、


言わなきゃいけないのに・・・・・・





右手は掴まれたまま


視線も捕らえられたまま。





全身が凍りついたように動けなかった。





口を動かすことも、後ろに下がることはできなかった。















「この前電話したときも元気なかったし・・・


 俺、聞いたことあるんだ。立海にはテニス部のファンクラブがあるんだろ?

 その人たちがテニス部に女子生徒を近づけないようにしてるって・・・」





そう言いながら、手に触れているのとは反対のほうの手が私に向かってまっすぐ伸びてくる。













ふわっ―――――・・・・・・















さきほどまで保冷剤によって冷やされていたため冷たくなっていた左頬が、あたたかいものに覆われた。





ごつごつして固い彼の右手。

それが私の左頬を優しく包み込んでいた。








突然のことに驚いて目を丸くした私を、キヨは優しい表情で見つめる。










キヨ―――――・・・・・・













さっきよりも彼の重心が私の方へ傾いているから、そのぶんソファが沈み

私の身体も自然とキヨのほうに傾く。





そのため2人は互いの吐息がかかりそうなほどの至近距離で、じっと見つめ合う。




















キヨの口からでた"テニス部のファンクラブ"という言葉によって

今日だけでなく今までにあった嫌なことが脳内にフラッシュバックしてきた。








毎日のようにいたずらされる靴。


呼び出されては浴びせられる罵声。


何度も足を踏まれたこと・・・


トイレで水をかけられたこと・・・・・・


思いっきりお腹を蹴られたこと・・・・・・・・・








その度に思った。





なんでみんなと仲良くしちゃいけないの―――・・・?




















目の前にあるキヨの顔がぼやける。



左頬のあたたかさと優しいまなざしに包まれて

気がついたら目には涙がたまっていた。








今にも目からあふれ出しそうな涙を拭おうと思って右手を動かそうとするが

それを掴むキヨの手にぐっと力が込められたので、それはできなかった。













ダメ、

泣いちゃダメ。



もう泣かないって、決めたんだから―――――・・・・・・













目に力を入れてみても、下唇を噛んでみても、涙が引っ込むことはなく。





いつも泣きそうなときは、


"涙は表面張力と重力で行き先が決まるんだ!

だったら空気も重力もない宇宙で泣いたらどうなるんだろう?"


なーんて適当な考え事で乗り越えているが、今回ばかりは役立ちそうになかった。










ずっと逸らせないでいた視線を目の前の彼から外し、

うつむいたと同時に、涙がぽた、とこぼれ落ちた。





あーぁ、ついに泣いちゃった・・・・・・








心の中で小さく溜息をつくと、ふいに手を掴んでいたキヨの手から力が抜けた。



自由になった右手で急いで涙を拭おうとした瞬間、

突然、目の前が真っ暗になり、おでこに何か固いものが触れた。















えっ―――――・・・・・・?










左頬に触れていた手は後頭部を包みこんでいて

右手を掴んでいた手は背中にまわされている。








おでこに触れているのがキヨの胸板で

抱きしめられてるとわかるのに、そう時間はかからなかった。













「泣かせちゃってごめんね。」



軽いパニックに陥っている私を落ち着かせるように、上から降ってくる声。


キヨのせいじゃない・・・という意味を込めて首を小さく横に振ると

頭をぽんぽん、と優しく撫でられた。








「ずっと我慢してたんだろ?

 でも、俺の前ではもう我慢しなくていいから。」



背中に回された手に力が入って、ぎゅっと強く抱きしめられた。








強く、でも優しい彼の腕に包まれて

涙を我慢するために噛んでいた下唇から、ゆっくりと力が抜けていく。










「俺たちの仲だろ?v」





私を安心させるためにふざけたように言った彼の言葉によって

せきを切ったように涙が溢れてきた。





制服だから汚しちゃいけないと思いつつも、涙はどんどんこぼれ落ちる。








ずっと我慢していた何年分かの涙を、一気に使い果たすように―――――・・・・・・















私は無意識に、手を彼の背中にまわしていた。

するとそれに応えるかのように背中のキヨの腕にもぐっと力が入る。




















私はそれからしばらく



キヨの胸を借りて、溢れ出る涙をただそのままにしていた。
















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キヨのファンだという方から熱いメッセージをいただいていたので
キヨに頑張ってもらいましたv(笑)