第二音楽室の重い扉を開けると、










―――――・・・・・・中には予想通りの人たちがいた。
















076 修羅場。
















扉を開けた瞬間に、もわっとした空気が頬をなで、反射的に顔をしかめる。



廊下の空気も熱かったが、部屋で日光により温められたことと、彼女達の熱気も手伝って

部屋の空気はより熱を帯びていた。













部屋を見渡すと、綺麗に並んでいたであろう机と椅子は、何かに押されたように片寄っていたり倒れていたり。





そのぐちゃぐちゃの机たちのなかにぽっかりと開いた空間に立つ人物―――安瀬先輩は、

扉から突然入ってきた侵入者に驚いて、焦ったような表情をこちらに向けた。



彼女は私の顔を確認すると、焦りから一転、驚きの表情に変わった。


そして、なにも言うことなく疑うような視線を向けたまま、こちらの様子をうかがっている。










私はその視線を受けることなく、机の中に埋もれている人物―――薮井先輩に視線を向けた。





床にしりもちをつくような姿勢で、先ほどの大きな音の原因だと思われる倒れた机にもたれかかるようにしてしゃがみこんでいる。



髪はぼさぼさになり、顔にかかっていて、そのすき間からこちらを見ている。


あまり表情は見えないが、なんとなくの雰囲気で私の登場に驚いているのがわかる。


















彼女たちの後ろにある窓は、教室が最上階にあるということもあって一面空が広がっていた。


夏らしい、どこまでも澄んだ水色が、この状況に似つかわしくなくて、私を現実逃避へと誘う。













あ、どうも〜。修羅場中でしたか〜、忘れ物取りに来たんですよね〜!お邪魔しました〜v















・・・・・・なーんて言えるわけなくて。








2人とも何も言わずにこっち見てるし!



いや、そりゃ突然入ってきて、無言でいるっておかしいよね・・・





なんか言わなきゃ、なんか言わなきゃ!なんか言わなきゃ!!










『・・・・・・あ、あの・・・・・・・・・なに、してるんですか・・・?・・・・・・』










・・・・・・いやいやいや、聞かなくてもわかるだろ、自分!(泣)



ほら、薮井先輩は"ぽかん"だし、安瀬先輩は"は?"て感じだし!










『・・・・・・あ、あの・・・・・・・・・』










・・・・・・・・・もう、こうなったら覚悟決めて、















踏み込むしかなくね?




















静かに目を閉じて、








小さく、短く、息を吐く。




















『・・・・・・なんで、薮井先輩をいじめるんですか?』










きょろきょろして定めようとしなかった視線を、安瀬先輩にまっすぐ向けた。





安瀬先輩はずっと私を見つめていたから、自然と目が合う形になって

その彼女の目力の強さに、思わず1歩後ずさりしそうになる





―――――が、ここで下がったら負けだと思ってなんとか踏みとどまり、彼女をまっすぐ見つめた。










無言で見つめあうこと数秒間。





安瀬先輩が突然、ふっと笑った。













「・・・なんでいじめるのかって?いきなり入ってきてなに言ってんの、あんた?」








ご、ごもっともです・・・!





・・・・・・って、納得したら負けだ、負け!










『すごい大きな物音がしたから、気になってこの部屋に入ったんですよ。そしたら、こんな状況だし・・・

 私、安瀬先輩が薮井先輩をいじめてるとこを見るの、初めてじゃないんです。』



「ふーん、で?」





安瀬先輩は、腕を組みながら溜息交じりに言う。





怖ぇーよー、怖ぇーよー・・・

負けるな、負けるな、負けるな・・・・・・








『お、同じマネージャーじゃないですか。仲良く協力してやった方がよくないですか?』





よし、よく言ったぞ、

正論だ!お前は間違っていない!








私の言葉を聞いた安瀬先輩は、鼻でふっと笑ってから、今まで私にずっと向けていた視線を薮井先輩に向けた。





「協力?・・・・・・こいつと?」








薮井先輩を上から下まで品定めをするような目でじっとり見つめたかと思うと、突然愉快そうに声をあげて笑いだした。








「あはは、ありえないわ!

 彼らはみんな私のもの。私以外のマネージャーなんて要らないのよ。」



「・・・で、でも!安瀬さん1人だと、部員全員の世話はできないわ。」



「そんなことない。私は1人で完璧にこなしてみせる。

 彼らには私がいればいいのよ。私さえいれば。」





今まで黙っていた薮井先輩が、意を決したように口を開いたかと思うと

安瀬先輩が笑うのをぴたっと止め、冷たい視線を再び彼女に向けてから冷たくぴしゃっと言い放った。




「でも、私も彼らの力に・・・」



「うざいのよ、あんた!

 その良い子ぶった言葉、聞き飽きた!きもいのよ!邪魔なの!」



「でも・・・・・・」



「うるさい!

 あんたがいるから、彼らの視線も、気持ちも、みーんな半分になっちゃうのよ!あんたは邪魔なの!」



「そんな・・・・・・私はただ、みんながテニスに集中できる環境を・・・」



「うるさいうるさいうるさい!あんたはきれいごとばっかりなのよ!

 私より仕事もできないくせに、一人前にマネージャー面してんじゃないわよ!」



「確かに、安瀬さんより仕事はできないけど・・・」



「あんたは邪魔なの!邪魔でしかないの!彼らは、テニス部は私のものなの!私だけのもの!

 あんたは邪魔!あんたさえいなければ!・・・・・・」










徐々にヒートアップする安瀬先輩の目の色が少しずつ変わっていくのが、なんとなくわかった。





薮井先輩から視線をそらすことなく、ゆっくりと彼女に近づいていく。


そしておもむろに、転がっていた誰のものともわからないリコーダーを手にとって

床にしゃがみこんだままの薮井先輩のほうへまっすぐ向かう。















「あんたさえ・・・あんたさえいなければ・・・・・・」



「・・・・・・あんたさえいなければ・・・・・・」




















――――――・・・・・・あぁ、




















「あんたなんか・・・・・・」


「あんたなんか・・・・・・」




















この目、知ってる―――――・・・・・・














































安瀬先輩の低く冷たい声が、私の脳内で"ある声"と重なった。



久しぶりに聞いたその声は、私の手足、肩、頭―――身体中に重くのしかかり、身体の自由がきかなくなった。




















「あんたなんか、いなければ良かったのに。」



「あんたなんか―――・・・・・・」




















――――――ッ!?










暗く、狭くなった視野の隅に、座り込んだ薮井先輩の前に立つ安瀬先輩が、リコーダーを思いっきり振り上げて

今にも振り下ろしそうなのが見えた。





そのまま当たれば、リコーダーは薮井先輩の頭に直撃し、おそらくはただでは済まないだろう。















やばい、やばい、やばい・・・








止めなきゃ・・・・・・










身体ー、動けー・・・・・・!!!
















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難しい・・・