―――――ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・・・・
部活終わりで疲れきった身体を、自宅近くのスポーツジムでさらに追い込む。
つい1ヶ月ほど前に入ってきた背筋トレーニングマシンで鍛えるのが最近の日課となっていた。
このマシンは電気で制御されており、スイッチ1つで負荷が変えられる最新鋭の機械で
今日も例外ではなくトレーニングを行っていた。
―――――ハァッ・・・ハァッ・・・・・・・・・あーん?
突然、終了ボタンを押していないのに負荷が軽くなり
不審に思ってマシンの画面を見てみるとさっきまで明るかったものが真っ暗になっている。
―――――チッ
故障かよ。ついてねぇ・・・・・・
このスポーツジムは俺が高校に進学すると同時に、親父から経営を任されたもので
―――――まぁ、俺の腕試しってことだろう。
自宅近くの他に神奈川にも経営を任されている系列ジムがあるが、どちらもそれなりに繁盛し、経営は上向きだった。
東京のほうは立地も良く設備も完璧であるため、
プロスポーツ選手を目指す人たちを中心として顧客数を伸ばしている。
それに対して神奈川のほうは、もちろん設備は良いためプロを目指す若者たちの利用者もいるが
細かい業績を見ると、アットホームな雰囲気がうけて主婦やお年寄りなど近隣住民のリピーターが多いらしい。
利用者アンケートを見てもスタッフの対応の評価がかなりいいから気になってはいたが
なにぶん学校と部活で忙しく、神奈川まで行く時間が取れないでいた。
このトレーニングマシンの修理には、少なくとも2、3日はかかるか。
たしかこのマシンは神奈川のジムにもあったはずだな・・・
この機会に経営状況確認も兼ねて行ってみるか。
スタッフの対応が良いっつーのも、どんなものか気になるしな・・・・・・
074.5 悪くねぇ。by跡部
入り口の自動ドアをくぐって、受付へ向かう。
受付には若い女が座って、客の男の対応をしていた。
それを横目に見ながら、近くのソファへと腰を下ろす。
―――――硬ぇな、このソファ・・・
『双島さんこんにちは。』
「こんにちは。今日も暑いね〜。」
『そうですねー。でも、双島さんはあいかわらずお元気そうですね。』
「んー、さっきまで暑さでバテてたんだけどね、ちゃんを見ると元気が出たんだよ。」
『あはは、ありがとうございます。2時からプールジムのご予約でお間違いないですか?』
フン、顔もまぁ良いし、愛想も文句ねぇ。
―――――が、飛びぬけて良いってわけでもねぇか。
客の顔を見てすぐに名前を呼んでいたところを見ると
客の顔と名前はきちんと覚えてるか。
―――――ま、バイトにしては最低限のことは出来てるな。
「うん。今日は人が多い?」
『まぁ日曜日ですからねー。でも今日は女性が多いので第3プールは比較的空いてると思いますよ。
はい、ロッカーの鍵です。今日も頑張ってくださいね。』
「ありがとう。」
前の客が去り、ソファから立ち上がる。
それに気づいた受付の女が笑顔を俺に向ける。
『次の方どうぞ。ご新規の方ですか?』
正面から見たその女は、予想以上に整った顔立ちをしていて
いつも見慣れているうわべだけの笑顔とは違う、綺麗な笑顔は
前評判通り、確かに感じが良かった。
「・・・・・・いや。」
『ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいですか?』
「跡部景吾だ。」
『少々お待ちください。』
俺に近づきたいという目的で、バイトとして働きたいというやつが山ほど面接に来た。
だからバイトの募集は中止したが、神奈川のほうではトレーナー直々の推薦ということで
例外的に採用したと言う話は聞いていた。
それがこの女ってことか。
媚びるような笑顔も向けないし、俺の名前を聞いても顔色一つ変えない。
―――――なるほどな。
+++++++++++++++++++++++++
鍵を受け取って専用ロッカーに向かい、着替えを済ませる。
トレーニングルームへ入ると、今日は日曜日ということもあって
学生や会社員と思われる若い人から退職後であろう年配の方まで、かなり多くの人でにぎわっていた。
お目当てのトレーニングマシンでしばらく汗を流し、何気なく周囲を見ると
さっき受付にいたバイトの女が、ランニングマシンそばで休んでいる男に話しかけていた。
『袋岡さん、今日も頑張ってますね。
でも水分補給忘れちゃだめですよ〜。はい、ドリンクどーぞ。』
「ありがとう。ちゃんも、相変わらずよく働いてるね。」
『えへへ、ありがとうございます。
あ、それと袋岡さん。右足のふくらはぎ、ちょっと違和感ないですか?』
「右足?あぁ、確かにいつもより少しだるい気がしてたけど・・・」
『ちょっと見せてもらっていいですか?
・・・・・・あー、やっぱちょっと張ってますね。あんまり無理すると肉離れしちゃうかもしれないんで
水分しっかりとって、ほどほどにしといたほうがいいですよ。
今日は上半身中心のメニューにしたらどうですか?』
「そっかぁ、そうするよ。ありがとう。」
『ケガには気をつけて、頑張ってくださいね。』
「あー、うん///」
『あれ、岡野原さん、どうしました?』
「ちょっと足ひねっちゃったみたいで・・・」
『見せてもらっていいですか?
・・・・・・うーん、確かにちょっとひねっちゃってますね。
アイシングとテーピングの用意してくるんで、ドリンク飲んで待っててください。』
「悪いね、ありがとう。」
『お待たせしました。じゃあテーピングしていきますね。
軽い捻挫なので、固定してしばらくアイシングしとけばすぐ治ると思いますよ。』
「良かった〜、一瞬焦っちゃったよ。
それにしても、ちゃんはほんとにテーピング上手いねぇ。」
『そうですかー?ありがとうございます。
・・・よし、できましたよ。きつくないですか?』
「うん、大丈夫。ありがとう。」
『じゃあ、これでしばらくアイシングして安静にしててください。』
「ありがとう///」
フン、まあまあ気が利くじゃねーか。
テーピングの手際も悪くねぇ。
それにルックス生かして男たちを虜にしてやがる
―――――が、狙ってやってるわけじゃねぇみてーだな。
『跡部さん、お疲れさまです。ドリンクここに置いておくので休憩中に飲んでくださいね。』
今度は俺のほうにやってきて、飲み物を近くのベンチに置いた。
「あぁ、悪い。」
『頑張ってくださいね。』
「・・・あぁ。」
いつも向けられる裏のあるものではない、ニコッという効果音の聞こえそうな笑顔。
久しぶりに見る、好感を覚えるその表情は
―――――フン、悪くねぇ。
ドリンクを置いてすぐに立ち去った彼女の後ろ姿を見ながら、俺の口角は自然と上がっていた。
―――――たまにはこっちに来てみるか。
ちらっと見た名札の《 》という名前は、自然と頭の中に残っていた。
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実際は、ジムなどでテーピングするには資格がいるらしいのですが・・・
ま、細かいことは気にしないでくださいv(笑)