『真菜子ー、ちょっとトイレ行ってくるー。』
「あ、うん。次の時間は移動教室だから早く帰ってきてよ?」
『はーい。あんまり遅かったら先行っててね。』
「・・・さてはサボる気ね?」
『ぎくっ。』
いつもの4人でお昼ご飯を食べ終わって、ブン太くんも自分の教室に帰ったところ。
次の授業は音楽で、先生がゆるーいおじいちゃんのおかげで
授業出たとしても寝てるだけだからサボろっかなーって思ってたところを真菜子に見透かされた。
・・・さすが真菜子。鋭いっすわ。
「まったく。真面目に出なさいよねー。」
『とか言いながら、真菜子は音楽教室の席がオカタクの隣だからサボらないだけでしょー?』
「なっ///」
『はーい、じゃあトイレ行ってきまーす。』
真っ赤な顔をした真菜子に手を振って教室をでてトイレに向かう。
あいかわらずわかりやすいなー。
音楽の授業中とかもずっと仲良く話してるからねー、あの2人。
ほんと、早く付き合わないのかなー・・・
072 女子トイレ事件簿。
「ねぇねぇ、昨日の駅前の短冊、書きに行った?」
「もちろんv」
「裏には誰の名前書いたのよ?」
「ひみつ〜v」
「とか言ってー、どうせ仁王くんでしょ?」
「そういうカナエは幸村くんでしょ?」
「まぁね〜v」
「ねぇ、"裏"ってどういうこと?」
「あれ、フミは知らないの?」
「なにを?」
「ジンクスよ。駅前で毎年やっている笹飾りの短冊に
裏に好きな人の名前を書いて、表にその人としたいことを書くとそれが実現するっていうねv」
「へぇー。」
トイレの個室に入っていると、洗面所のところで女の子達が話している声が聞こえた。
聞こうとしなくても聞こえてくる内容には、心当たりがあって・・・
"駅前の笹飾り"って昨日私とキヨが行ったところだよね?
あー、だから若い女の子達がいっぱいいたのか。
こういう行事に若い子たちがこんなに参加するのってすごいなーって思ってたんだけど
・・・ははーん、そういう事情があったわけね。
―――――あれ?
そういえば、キヨも笹の木に短冊をかける直前に、裏になにか書いてたような・・・
なーんだ、キヨも本気で好きな人いるんじゃん。
学校の子かな?
・・・・・・あー、なんかフクザツ。
そりゃキヨにはキヨの学校生活があるはずだし、その中に好きな人の1人や2人いてもおかしくないか。
でもやっぱ、親友を取られたような気がして・・・
おっと、いけね。
さっき話してた女の子達の声はもうしないから出て行っても大丈夫かな。
なんか恋バナの邪魔しちゃ悪いなーって思って出て行けなかったなんだよねー。
個室からでて、洗面所で手を洗う。
何の気なしに鏡を見ると―――――鏡越しに、女子生徒が4人ほど入ってきたのが目に映った。
その顔には見覚えがあって
―――――げ、いつものお姉さま方じゃないっすか。
嫌な予感がして急いでトイレから出て行こうとしたけど、
彼女達にがっちり出入り口を塞がれていてそれは叶わなかった。
『あのー、通してもらっていいですか?』
「ふんっ。」
『あ、ちょっ―――』
―――――ドンッ
控えめに言った私のことを鼻で笑うと同時に、肩を強く後ろに押された。
予期せぬ衝撃に耐えられなかった私は、そのまま床にしりもちをついてしまった。
―――――あぁ、トイレの床にしりもちとか最悪。
『いった・・・』
しかも超痛いし!
倒れこんでなかなか立てないでいる私をお姉さまたちが囲みこんで
愉快そうに顔をゆがめて笑っている。
「あはは、やだー。」
「うわー、きたなーい。」
『なんでこんなこと・・・』
私なんかしたっけ?
てか、いつもなんもしてないのに何でこんなことされなきゃいけないの!?
もう、まじでなんなの、この人たち!
私がキッと彼女達をにらむと、彼女達のにやにやした表情が一変して怖いくらい無表情になる。
「あんたがいけないのよ。幸村くんや仁王くんに手を出したりするから。」
「仁王くんと付き合ってるなんて噂も自分で流してるんでしょ?」
『私がにおーやさんと付き合ってる・・・?』
「白々しいわね。ちょっと前から噂になってるわよ!」
「でも昨日は山吹の千石くんといたんでしょ?さすが、やるわねー。」
『だからなんでそんなこと・・・』
そんなことで、こんないじめみたいなのされなきゃいけないの!?
つーか、幸村くんとにおーやさんには手なんか出してないし!
ましてやにおーやさんと付き合ってなんかないし!
「あんたはテニス部に近づきすぎなのよ。」
『そんな理由で・・・
"安瀬先輩"のこといじめてるのも同じ理由ですか?』
「あんた、なんでそれを・・・」
私の口から"安瀬先輩"という言葉がでると、彼女達は驚いて目を見開いた。
まさか人にバレてるとは思ってなかったのだろう。
彼女達の中には目が完全に泳いでいる人もいた。
―――――彼女をいじめてるのも、やっぱりこの人たちだったんだ。
『先輩たちのテニス部の人に対する気持ちなんて知らないけど
私が誰と仲良くしようが、先輩たちには関係ないじゃないですか。』
「なっ・・・生意気言ってんじゃないわよ!」
『っ・・・』
突然、しゃがんでいた私の左腕をつかんで無理やり立たされ、
そのままトイレの奥のほうまで半ば引きずられるようにして連れて行かれた。
『ちょ、離してくださいよ!』
「うるせぇよ、調子乗るな。」
私を引っぱっている人とは別の先輩が、1番奥の個室のドアを開けて待ち構えていた。
そこで私の腕を急に離し、背中を思いっきり蹴られて中に押し込まれる。
個室の中の洋式の便座は幸運にもフタがしまっていたため、
半ばそれにもたれかかるようにしてなんとか床に倒れこむことだけは免れた。
それでも肘や膝はトイレットペーパー置き場や便座に強打したし
さっきまで掴まれていた左腕はかなり痛む。
ガタンガタンッ
『っ!?』
閉められたドアの前で、なにか物音がした。
ちょ、もしかして・・・
ドアには鍵をかけていないのに、押しても引いても(もともと押して開くからね)びくともしない。
そして、すぐ近くのドア越しに聞こえる女達の愉快そうな声。
―――――あ、閉じ込められたパターンですね。
きっと掃除箱とこのドアの間にモップかなんかを立てかけて、つっかえ棒みたいにしているのだろう。
あー、もう信じられない。
これじゃ袋のねずみならぬ、トイレの・・・・・・いや、トイレの花子さんみたいになってるし。
って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃなくて!
なんか水の流す音が聞こえるし!ちょっと、まじでやばいんじゃないの!?
「さーん、さっき床に倒れこんで汚くなっちゃったわよねー。
これで綺麗になってねー。」
『・・・え?』
ちょ、ちょっと待って、さっきの水音といい・・・
嫌な予感しかしないんだけど。
「「「「せーのっ!」」」」
―――――バシャッ
『・・・・・・』
彼女たちのかけ声が聞こえたかと思うと、すぐにドアの上の開いているスペースから大量の水が降ってきた。
ドアのすぐそばなら逆に1番濡れないだろうと思って急いで行ったけど
かなり大量の水が降って来たためずぶ濡れになってしまった。
髪からもブラウスの袖からもスカートからも、ぽたりぽたりと水滴が落ちる。
「きゃははは!」
「あはは!綺麗になったんじゃない?」
「どう?暑いから涼しくなったでしょ?」
「あ、それめっちゃいいじゃん!」
ドア越しに聞こえる彼女達の愉快そうな声。
そしてひとしきり笑った後、予鈴が鳴ったため楽しそうにトイレから出て行った
―――――もちろん、ドアのつっかえ棒はそのままで。
あんにゃろー・・・ドア開けてけっつーの。
まぁ、どうせ次の授業はサボろうとしてたけどさ。
私はもうどーでも良くなってきて、とりあえず便座のフタの上に腰を下ろす。
もー・・・超びしょびしょだし・・・最悪。
いや、そりゃー今日とかめっちゃ暑いからプールに飛び込みたーい、ってさっき真菜子と言ってたけどさ?
あれは冗談というか・・・ほら、誰でも言ったことあるでしょ?あるあるでしょ?
・・・・・・とか考えてる時点で、ちょっと余裕があるのかな、私。
とか考えてる時点で余裕だわ、私。←
まぁ、このままずっと濡れた状態でいると風邪引きそうだし、なにより気持ち悪いし・・・
とりあえずここから出なきゃ。
便座から立ち上がって、ドアの前で背伸びしながら手を思いっきり伸ばしてみても、
ドアの上の部分に手をかけることはできなかった。
んー、ここはダメか・・・・・・よし。
私はドアから離れて便座のフタ、トイレットペーパー置きと順番に足をかけると
横の壁の上の部分には手をかけられた。
―――――よし、これならいける。
軽く勢いをつけて飛び上がると同時に、腕に思いっきり力を入れて身体を持ち上げ
鉄棒の要領で、壁の上に片足をかけることが出来た。
ここまでくるとあとは簡単で、もう一方の足も持ち上げて壁の上を2、3歩歩きドアの上の部分に腰を下ろした。
うわ、けっこう高いな。
ここから飛び降りたら絶対足ジーンってなるやつやん。
あれ苦手なんだよなー、とか考えてる暇あったら降りろってね。
―――――よし、せーのっ。
と心の中でつぶやいて、意を決してドアから飛び降りた。
ジーーーーーン・・・・・・
う、うおぉ・・・きたぁ・・・・・・
着地したままの体勢で、足を押さえてうずくまる。
そしてうずくまったまま、今後についての脳内緊急会議が始まった(もちろん一人で、ですよ)。
顔は幸い濡れてないから、メイクは大丈夫。ってか、まぁもともとそんなにしてないんだけど・・・
問題は髪と服だよねー、やっぱりブラウスが濡れて中透けちゃってるし。
まぁキャミソール着てるからそんなに問題はないんだけど・・・
制服の替えは保健室にあるはずだけど・・・・・・この状態で行ったら、絶対に先生に心配されちゃうな。
んー・・・・・・・・・
よし、屋上行って乾かすか。
足のしびれもだいぶ治まってきたところで、私は静かに立ち上がり
制服のブラウスとスカートを軽く絞ってから、屋上へ向かって歩を進めた。
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7月は事件の予感。