晩ご飯を食べ終わってお店から出ると完全に日が暮れて、気温もだいぶ下がり過ごしやすくなっていた。


天気予報どおりに雲ひとつない空には満天の星が輝いていて、天の川が良く見える。





『きれいだねー。』

「そうだね。」





キヨと2人で空を見上げながら、駅前を並んで歩く。
















071 笹の葉さらさら。















「町が明るいのにこれだけたくさん星が見えるってすごいよね。」


『うん、確かに。そういえば立海合宿のときも星空がきれいだったなー。』


「西部のほう行ったんだっけ?」


『そうだよー。めっちゃ田舎だった。』


「確かにあのへんは神奈川じゃ田舎のほうだからね。

 合宿は楽しかった?」


『うん!オリエンテーリングしたり、カレー作ったり、肝試ししたり、スタンツしたり・・・』


「"スタンツ"?」


『あれ、知らない?なんか各クラスごとに出し物するやつ。

 私たちのクラスはショート演劇したんだよ。』


ちゃんが劇!?何役したの?お姫様??」


『あー、まぁ姫っちゃ姫だけど・・・』


「やっぱり!ちゃんは姫だよね〜v

 見たかったなー、ちゃんの姫姿・・・・・・写メとかないの?」


『あると思うよ?』



私が劇をしたと言った瞬間にキヨのテンションが明らかに上がった。





まぁ姫じゃなくて正式には王女なんだけど・・・ま、似たようなもんだよね。


写メがたしかブン太くんから送ってもらったやつがあったと思うんだけど・・・

あ、あったあった。



ブログにも載っけた、スタンツ中にステージの下から撮ってくれた写真と

終わった後に撮ったブン太くんとの2ショット。


これは遠くてよくわかんないだろうから、こっちのほうがいいよね。








『はい、これだよ。ワンピースのビビ王女のコスプレ。』


「おぉー、ちゃんめっちゃ可愛い〜vハーフみたいだね。よく似合ってるよv」


『水色のカツラなんてかぶるの不安でしかなかったけど、かぶってみるとなんとかなるもんだね。』


「うん、雰囲気は全然違うけどやっぱりちゃんはどんな格好しても可愛いよv

 あー、生で見たかったな〜





 ・・・・・・あれ?」





ケータイ画面を鼻の下をのばした、だらしなーい顔で見つめていたキヨが、一瞬にして普段の表情に戻った。








『ん?どうしたの?』


「この隣に写ってるのって・・・丸井くん?」


『あ、うん。そうだよ。

 そっか、テニス部だから知り合いなんだっけ?』


「まぁね。ほんとに仲良さそうだね。」


『うん。よくお昼とか一緒に食べてるし。』


「そっかー・・・」



キヨはさっきまでのにやにやはどこへ行ったのか、今では少し複雑な顔を浮かべてケータイの画面を見つめていた。



かと思うと、はっと我に返ったようにまたにやにやした顔で写メを見つめ始める。





―――――変なの。








キヨから視線をはずして何気なくあたりを見ると、駅の広場のほうに人だかりが見えた。

親子連れや学生グループ、カップルなどが集まっていてわいわいにぎわっている。





『ねぇキヨ、あそこで何やってるのかな?』


「え?・・・・・・あぁ、あれね。

 あれは毎年恒例の笹飾りだよ。短冊に願い事を書いて笹につけるんだ。」



確かによく見ると、人だかりの中心には大きな木(たぶん笹?)があって、たくさんの短冊がつけられていた。


そして、集まっている人たちの手にはそれぞれ色とりどりの短冊が握られ

テーブルでなにか書き込んだり、木に結びつけたり・・・・・・うん、みんな楽しそう。








『へぇー、なるほどねー。』


「俺たちも書きにいこっかv」


『あ、うん!』



『実はちょっとやってみたかったんだよね、ああいうの。』って言ったら、キヨが「うん。だと思ったよ。」と笑った。


子ども扱いされてるみたいで、ちょっとむぅってなったけど、まぁやりたかったのは事実だからよしとしよう。



んー、なんてお願いしようかなーと話しながら、2人で人だかりへと近づいていく。




















受付のようなところで短冊とペンを受け取って、空いていた近くのベンチに腰を下ろす。



「織姫さまは彦星にちゃんと会えたかなー。」





子供が短冊を持って背伸びをして、できるだけ高いところにつけようとしていたり

学生の女の子のグループがきゃっきゃ言いながら短冊になにやら書き込んでいる様子をぼんやりと見ていると

キヨが満点の星空を見上げてぽつりとつぶやいた。





『おぉ、さすがキヨ。ロマンチスト発言ですねー。

 こんだけ晴れてるんだから会えたんじゃない?』


「1年に1度しか女の子と会えないなんて・・・俺には耐えられないな。」


『確かに、キヨには無理だろうね。

 てか、なんで織姫と彦星は年に1度しか会えないんだっけ?禁断の恋的な?』


「いや、確か親の紹介で出会ったんだけど、2人があまりに愛し合いすぎて仕事をろくにしなくなっちゃったから

 周りの大人たちが困って、織姫のお父さんによって引き離されたんじゃなかったかな。」


『なんだ、意外と自業自得じゃん。』



そりゃ仕事さぼって恋人と遊ぶばっかしてたら、怒られるのも当たり前だって。

ロミオとジュリエットみたいに禁断の恋みたいな感じかと思ったら全然違うんだね。





「まぁねー。でも仕事も手につかないくらい人のことを好きになるって素敵じゃない?

 なかなかそんな相手に出会えるものじゃないよ。」


『うーん、確かに。』


「ま、俺はちゃんのこと考えてると何も手につかないけどねv」


『とかいいつつ、ばりばりテニスやってんじゃん。』


「俺はちゃんにかっこいいとこ見せるために頑張ってんの。」


『はいはい。』



言ってることがめちゃくちゃですよー。


隣で「ちゃん冷たいー。」なんて声が聞こえるけど、無視無視。








『願い事、なに書こうかなー・・・』



短冊に願い事を書いて飾るっていう行為がしたかっただけで、書きたい願い事があったわけじゃないんだよなー。

うーん、どうしよう。


"今度のテストで追試になりませんように"・・・とかはなんかこの場にそぐわない気がするな、うん。



てか、あれ?このみんなの願いって誰が叶えてくれるの?織姫と彦星?神様?仏様?



・・・・・・ま、どうでもいっか。←










「俺はもう決めてるけどねv」

『え、そうなの?』

「まぁねv」



そう言ってさらさらとペンをすすめるキヨ。





『なんて書いたの?』

「気になる?」

『ちょっとだけね。参考程度に。』

「もうちょっと気にしてくれてもいいのに・・・・・・はい。」



すねたような顔をしながら見せてくれた短冊には《ステキな恋ができますようにv》と書いてあった。



なんか発想が女の子みたいだなー。

男子高校生が書くような願い事じゃない気がするけど・・・





『あー、なるほどね。キヨっぽいわ。』

「そうかな?」

『うん。・・・・・・あ、そうだ!』



さらさらと短冊に願い事を書き込む私をキヨが興味津々で見つめてくる。

でも、だーめ。書き終わるまで見せてあげない。





『よし、できたv』

「なんて書いたの?」

『気になる?』

「ちょっとだけね。参考程度に。」

『じゃあ見せてあげない。』

「うそうそ!気になるって!見せてくれないと今日の夜は気になって眠れないよ。」



さっきの仕返しとばかりにそっけない態度をとるキヨだったが

やはり私には適わないのだった。ちゃんちゃん♪←








『仕方ないなー。はい、これ。』

「えーっと・・・・・・《願いごとが叶いますように》?」

『うん。』





私がさっき短冊に書いた願い事は―――――《願いごとが叶いますように》。


なんかちょっとずるい気もするけど、なかなかの名案でしょ?





「あはは、なかなかいい願いごとだね。さすがちゃんv」

『でしょ?万事に通じる願いごとでしょ。』



ほら、《魔法が1回だけ使えたら何に使う?》とかで、《魔法使いになる!》とか答えちゃう子いるじゃん?


魔法のランプから出てくるランプの精にも、ドラゴンボールを7つ集めると出てくる神龍シェンロンにも

同じようなお願いをする子。



私もそんな子のひとりでした。←










「逆に何にも願いが叶わなかったりもするけどね。」


『ま、確かにね。そんな気はする。

 だから私の願いなんて無視してくれて良いよ。

 《お母さんの病気が治りますように。》とか《お父さんが帰ってきますように。》とか

 そういう"みんなの"願いごとが叶えばいいかなってことにするよ。』


「その願いごとを書いた子供の家庭は複雑すぎでしょ。テレビの見すぎだって。」


『あ、やっぱり?』


「まぁでも、ちゃんらしいな。どこまでもお人よしだね。」


『んー、お人よしっていうか、願いごとがないだけっていうか・・・』



願ってることならずっと心の中にはあるけど、ここに書くようなことじゃないし・・・

書いて叶うんなら迷わず書くけど、100%叶わないってわかってるからね。





「でも、そういうところがちゃんのいいところだよv

 よし、笹につけに行こうかv」


『うんv』




















夜風で笹の葉がこすれあうさらさらという音が、蒸し暑い夜を涼しく感じさせる。


笹の木の前に立った私は、できるだけ他の人の短冊のついていない場所を探して

背伸びをしながら、できるだけ高いところに短冊を結びつけた。



なんでそんなに高いところにつけたがるのかって?

それが人のさがってもんでしょーが!←





自分のをつけ終わって風で飛ばないか最終チェックしてからキヨのほうを見ると

彼はまだ短冊を手に持って、さっき願いごとを書いたほうとは裏面になにやら書き足していた。


そして書き終わると、よし、と小さくうなずいて笹の葉に結びつける。










『なに書いてたの?』

「あぁ、おまじないだよ。」

『おまじない?』

「そう。願いが叶うおまじない。」

『ふーん。』



だったら最初に私にも教えてくれたっていいのに、と思いながらも

ま、たいしたお願い書いてないからいっかとすぐに思い直した。

























織姫さまと彦星、か・・・



年に1度でも会えるんだったら、そりゃ辛いことがあっても残りの364日は頑張れるよね。





でも、もう一生会えないってわかってたら・・・?

織姫さまを失った彦星は、どうするのかな・・・?










―――――ま、うちの"彦星"は頑張ってるか。













毎年7月7日の、ご丁寧に出産時間にメールをくれるうちの彦星。


ちょっと気持ち悪いと思った時期がないわけではなかったが、

今では、それだけ覚えててもらえるとなると娘としては嬉しいことかもしれないと思えるようになった。



それは今年も例外ではなくて、ついさっき"うちの彦星"―――――父親から届いたメールを思い出す。





あー、今なにしてんだろ?

いや、この時間はまだ仕事中か。















「・・・・・・ちゃん?」

『ん?』



突然キヨに名前を呼ばれて、はっと我に返った。

たぶんずーっと星空を見つめて固まってたから、気になって声をかけたのだろう。





「もうだいぶ遅いし、そろそろ帰ろうか?」

『あ、そうだね。明日も学校だしね。』










それから当たり前のようにキヨが私のマンションまで送ってくれて



私の楽しかった16歳の誕生日は幕を下ろした。
















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久しぶりのキヨでしたv