「あ、ちょっとそこ!沖合くん!音楽と合ってないよ!」
・・・
「もう時間ないんだからね!みんなしっかり!」
・・・・・・
「後ろのほう、ダンス揃ってないよー!」
・・・・・・・・・監督、朝からスパルタすぎっス。
059 立海合宿2日目 練習。
昨日の夜はぶっ通しで練習して、気づけば日にちが変わっていた。
監督はまだやり足りなそうだったけど
先生に見つかったからしぶしぶ昨日は12時半に解散。
そして今日も、朝食を食べ終わったらすぐに
みんな第4特別室に自然と集まってスタンツの練習をしていた。
私も昨日の夜からみっちりしごかれているおかげで
ビビの動きもダンスもだいぶ身体にすりこまれている。
このままいけば、なんとかできそうな気がしてきた・・・
「うん、だいぶ形になってきたかな・・・
よーし、もう1回全体で通してみよう。」
監督のかけ声と共に、みんなが始めの位置にスタンバイする。
そして再び監督が合図をしたら、音声がかかって物語が始まった。
最初は困っている王女ビビ(私)と麦わらの一味が出会う場面。
その中で、ビビがサンジ(幸村くん)に言い寄られるシーンのところで
監督のストップの声がかかった。
「ちょっと待って!
んー、なーんか足りないんだよねぇ・・・サンジって感じが・・・」
監督はしばらく腕組みをして考えこんだあと、ポンっと手を打った。
何か名案でもひらめいたらしい。
「幸村くん、爽やか過ぎてサンジ感があんまり出てないから
ここでさんの前にひざまずいて、右手の甲にキスしよう!」
『・・・へ?』
私のつぶやきはキャーと言う女の子たちの悲鳴でかき消されてしまった。
いや、みんなの前で手の甲にキスとか恥ずかしすぎだよ!
ていうか、私はまだしも幸村くんとか絶対嫌って言うでしょ・・・
私が幸村くんに視線を向けると
彼は私の前に麗しくひざまずき、私の右手を取って口元に寄せた。
えっ、ちょ、待っ・・・
キャーという女の子たちの声がますます大きくなり
私は顔に熱がどんどん集中してくるのがわかった。
まじ・・・ほんとに・・・?
そしてそのまま幸村くんは、私の手にキスをする
―――――フリをした。
幸村くんは私と目を合わせてふっと笑い
ゆっくり立ち上がってから私の手を離した。
びっくりしたー・・・
そりゃよく考えればフリだよね。
なにほんとにキスされると思ってたんだろ、私・・・
大きく息を吐いて心を落ち着かせると、顔に集中していた熱がおさまっていく。
周囲の女の子たちもフリだとわかって、安堵の声をもらしていた。
「こんな感じでいいかな、監督。」
「うん、もうばっちり!それで行こう!
じゃあ続きから行くよー。」
しかし、当の本人―――――幸村くんはその状況を全く気にしていない様子で・・・
そのまま監督のかけ声によって何事もなかったかのように練習は再開された。
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「・・・時間もないし、ここまでかな。
よし、オッケー!みんな今の動きを忘れないでね!
あとはお昼ご飯食べてエネルギーたくわえて
本番、力を出し切って頑張りましょう!」
監督がちらっと時計を見てから全体に向けて言った。
その言葉を聞いて何人かがその場にへたりこむ。
私と真菜子も壁際に座り込んで、昼食のため部屋を出て行くクラスメイトたちを見つめていた。
「スパルタだったねー、監督。」
『うんうん。こんなに厳しいとは・・・』
「ねー。でも、けっこういいのが出来たんじゃない?
まじで優勝狙えるかも。」
『確かに。みんなめっちゃ頑張ったしねー。』
「よし、私たちもご飯行こっか。」
『うん。お腹空いたー・・・』
「さん、ちょっといいかな?」
立ち上がって部屋を出て行こうとしていら、後ろから幸村くんの声が聞こえた。
『幸村くん?どうしたの?』
「もう1度だけ練習したいんだけど・・・付き合ってもらえないかな?」
『あ、うん。いいよ。』
「じゃあ私、先に行っておくね。」
真菜子が出て行くのを見送って、改めて部屋を見てみると
みんなもう食堂のほうへ行ってしまって、ここにいるのは幸村くんと私の2人だけだった。
さっきまであんなににぎやかで狭く感じたのに、
2人だけになるとドアが閉まる音でさえも大きく聞こえて
なんだか不思議な感じがした。
『音源ないけど、大丈夫?』
「もう何度も聞いてるからね。セリフは入ってるよ。」
『確かにね。私もほとんど覚えてるかも。』
「"美しいお嬢さん。ぼくに名前をお教えくださいませんか?"」
『"ビビ、ですけど・・・"』
「"ビビちゃん・・・名前までなんて素敵なんだ。
あなたの美しさの前では完全に僕は恋の奴隷となってしまう。
僕はあなたに恋をしてしまった・・・"」
幸村くんが私の目の前にひざまずき、私の右手を取る。
「"僕はもう、あなたの虜です。"」
そしてそのまま、私の手を口元に寄せ・・・
―――――ちゅっ。
軽いリップ音とともに、右手には柔らかな感触。
え、もしかして今のって・・・
キ、ス・・・・・・?
「ありがとう。これで本番も自信持っていけるよ。頑張ろうね。」
私が状況が理解できず完全に固まっていると、彼は何事もなかったかのように
"サンジ"から"幸村くん"へ戻った。
『あ、うん。』
「じゃあ俺は食堂行くけど、さんはどうする?」
『あー・・・先行ってて。』
「わかった。時間がなくなるといけないからさんも早くおいでよ?」
『うん、ありがとう。』
なんとなく今、幸村くんと一緒に食堂に行く気分になれなくて
彼が部屋を出て行くのを見送る。
そしてそのまましばらく、私はなにがなんだかわからないまま
幸村くんの唇が触れた右手の甲をずっと見つめていた。
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2日目も長くなる予感・・・