「借りないのか?」
すれ違うときに会釈をしたら、彼が声をかけてきた。
『いやー、それが・・・』
「『学生証を忘れちゃって』・・・とお前は言う。」
『へ?』
見事に私の声と彼の声がかぶったことに驚き、
私は目をぱちくりさせる。
なんでこの人、私が言うことわかったんだろ?
もしかして、エスパー・・・?
彼の閉じられているまぶたの裏には、
目の前に立つ人物の心の中が見えてるとか・・・?
036 えすぱー。
「それほど驚くことではない。
ここまで来て借りないとなると、理由はそのくらいだ。」
『あー、たしかに。』
きっと、"立海あるある"なんだよね。
学生証忘れて本借りれないって。
うん、きっとそーだ。そうに違いない。
そうじゃないと、彼がエスパーになってしまう。
「ほら。」
『え、あ、はい。』
彼が手を差し出してきたので、
私は大人しくその手の上に本をのせた。
その本、どーすんだろ・・・?
私の頭の上には"?"が飛び交う。
「俺の本と一緒に借りればいいだろう。」
そう言ってさっさと貸し出しコーナーに行き、手続きを始めた。
『あ、ありがとうございます。』
このお方の名義で借りるということは
絶対に返却延滞しちゃだめだな。
さらに本見ながらポテチとか食べるのも今回は我慢しよう。
油のシミとかできたら・・・
彼のせいとかになると申し訳なさすぎる。
敬意をこめて、今回はなるべく目を細めて読むことにしよう。←
「学年とクラス、名前をお願いします。」
「1年F組、柳 蓮二です。」
「学生証をお願いします。」
図書委員だと思われる人相手に、慣れたように手続きを進める。
このお方"柳くん"って言うんだ。
・・・てかこの人、タメだったのね。
大人っぽすぎるでしょー。
「次からは忘れるなよ。」
『はい。ありがとうございました。』
渡された本を受けとりながらお礼を言う。
そして、そのままの流れで2人並んで図書館を出た。
『柳くん、で合ってますよね?
同じ年なんですねー。絶対先輩だと思いましたよ!』
「そうか?俺の知っているやつには、もっと老けたやつもいるぞ。」
『え、まじですか?
あ、てか、いや、柳くんが別に老けてるって意味じゃー・・・
あれです、大人っぽいって意味ですからね!』
「それは、褒めているんだな?」
『もちろんです。』
私が自信満々の顔で言うと、柳くんは少しだけ笑った。
「そうか。ならいいのだが。」
『私も誤解が解けて良かったです。』
親切にしくれたんだし、いきなり失言かまさなくて良かった〜。
「だが同い年とわかっていながら、なぜ俺に敬語を使うんだ?」
『え?んー、敬意と感謝を込めてです。』
まあ本当は、敬語をやめるタイミングがなかったからなんだけど。
いきなりタメ語とか、やっぱ変じゃん?
私の言葉を聞いて、柳くんはやっぱり少しだけ笑っていた。
「もうその気持ちは受け取ったから、敬語じゃなくて良い。」
なんだ、この優しいオーラは。
もうお父さんオーラだよ。
・・・いや、うちの親父のこんな優しいオーラじゃないわ。
『うん。わかった。』
柳くんの微笑みにつられて、私もふわっと笑う。
「じゃあな、俺はこっちに行く。」
『うん。ばいばーい。』
「気をつけて帰れよ。」
『はーい。』
うーん、やっぱりお父さんだ。
・・・・・・・・・あ、
そういえば私の名前、言ってなかったかも。
んー、今から走ってって自己紹介するのも変だし。
今度会ったら改めて自己紹介しよーっと。
私はしばらく、柳くんの離れていく後ろ姿を見つめていた。
*************************
柳さんv