階段をのぼって、屋上へとつながるドアを開けると。
花の香りが風に乗って、ふわっと鼻をくすぐる。
そして目に入ってきたのは、一面に広がる黄色や白やピンク。
そこにその花たちに水をあげているひとりの生徒の姿が見えた。
あ、幸村くんはっけーん。
029 屋上庭園。
開くドアの音に気づいたのか、幸村くんが私のほうを見た。
「あれ?さん?」
『お疲れー、幸村くん。』
プリントが風でぐちゃぐちゃにならないように気をつけながら、
幸村くんのほうへ歩いていく。
「さんのほうこそ、課題お疲れさま。」
『あはは〜、おかげさまでやっと終わりました。』
幸村くんがいたずらっぽく笑ったので、私もつられて笑う。
「それより、こんなところに来てどうしたの?」
『あ、そうそう。
これ渡しに来た。』
『はいっ。』と言って、幸村くんに手渡す。
初めは不思議そうな顔をしていた幸村くんだけど、
プリントの内容に目を通すと、納得した表情に変わった。
「これをわざわざ届けに?」
『うん。けっこう探したんだよ〜。』
「ありがとう。
でも、メールしてくれれば俺が取りに行ったのに。」
『っ!?』
そ、その手があったか・・・
そういえば私、幸村くんのアドレス知ってるじゃん・・・
うわー、私ばかー。
『い、いや、あの・・・
ほら。あれだ。
現代技術に頼りたくない時期ってあるじゃん?
メールって便利だけどコミュニケーション能力の低下につながるとかで・・・』
あー、やばい。
自分でもなに言ってるかわかんなくなってきた。
「ぷっ・・・あはははは。」
一生懸命言い訳をしていると、目の前の幸村くんが突然笑いだした。
おなかを抱えて、目にはうっすら涙がたまっている。
「さんって、ほんとおもしろいね。」
『いやー、それほどでも・・・』
笑わせようとして笑ってくれたんなら嬉しいけど。
いたってこっちはマジメだからなー。
笑われてるだけだからなー。
「ま、俺はさんが会いにきてくれて嬉しいけどね。」
『またそんなこと言ってー。』
「本当のことだよ。ありがとう。」
幸村くんは、いつものように柔らかく笑っている。
目はまっすぐ私を見つめたまま。
ゆ、幸村くん、ストレートすぎ・・・
私は、恥ずかしくなって話題を変えようと足元の花に目を向けた。
『あ、これバラだよね。きれーい。』
赤やピンクが色鮮やかに咲き誇っている。
「うん。やっと咲き始めたんだ。」
『そうなんだ〜。んー、バラのいい香り。
あ、こっちもきれい。』
スイセン?・・・とはちょっと違うか。
茎はまっすぐに伸びて、青紫色の花をつけている。
「杜若(かきつばた)だよ。梅雨の少し前に咲く花なんだ。」
『へぇ〜。』
なーんか、この花見てると心が落ち着くなー。
あ、でもこの花の色とか・・・
『なんか、幸村くんに似てるね。』
「え?」
『この花の色とか。幸村くんのイメージカラーだし。』
「そうかな?」
『うん。きっと大事に育てたから似たんだねー。
ほら、ペットとかも飼い主に似るって言うじゃん?』
「ふふふ、そうかな。ありがとう。
こっちの花はね・・・」
幸村くん、ほんと好きなんだろうなー。
花を見つめるまなざしが、すごい優しい。
『うん。ほんときれーな花だね。』
私は、幸村くんに向けていた視線を花に戻して
幸村くんの解説を聞いていた。
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屋上庭園って良いですね。