「おい、どこ行くんだよ仁王。もう4限目はじまるぜ?」


「サボる。」

「お前、前も笹センの授業サボってたじゃん。

 後で呼び出されても知んねーからなー。」



丸井の言葉を背中でききながら、振り返ることなく軽く手をあげる。





そして、そのまま教室を出た。








いつもなら屋上でサボるが、今日はあいにくの雨。



保健室でも行くかの。











016.5 雨の日は保健室で。by仁王















「仁王くん、まだしんどい?

 お昼休みになったけど、もう少し寝てる?それともご飯食べる?」



ベッドを囲むカーテンが開いて、保健の先生が入ってきた。





「まだ寝ときます・・・」


できるだけ体調が悪そうに返事をする。



先生は「そう。お大事にね。」といってカーテンをふたたび閉めた。





腹も減っとらんし、もう少しだけ寝よう。

いざとなれば5限もさぼって昼飯食えばええし。



そう考えて俺は、もう一度眠りにつくために寝返りをうった。















「失礼しまーす。」



ガラガラというドアを開ける音が聞こえた。



そして、少し足音が聞こえてから、ぼふっという音。


ソファにでも思いっきり倒れこんだのだろう。





「あら、宇佐美くん。ご苦労さま。」

「どーも。あいつは?」

さん?さんなら、まだ来てないわよ。」





会話の内容からして、入ってきたのは保健委員の当番のやつか。



でも、いま"さん"って聞こえたか?

そーいえば、あいつも保健委員とか言っとったな。


てことは、あいつも来るんか・・・?





「そーっすか。」


カーテン越しに聞こえる少年の声は、わずかだが残念そうに聞こえた。

なんじゃ、こいつ"ちゃん"狙いか?





「今日は午後から出張だから、昼休みの終わりには出て行っちゃうけど。

 そのあとのことはさんとよろしくね。」

「うぃーっす。」










「失礼しまーっす!」





ガラガラガラッと勢いよくドアの開く音とともに、聞き覚えのある声がした。


この声は、じゃな。





「遅ぇぞ。」





どこか嬉しそうな男の声。


あー、こいつ確実にがお気に入りみたいじゃな。





『すみませーん。
 宇佐美くんがいるところに行かなきゃいけないと思うと、足が重くて重くて・・・』

「あー、確かに重そうだな。痩せれば?」

『うざみくんからのストレスで、自然と食事制限ができてます。』

「そりゃー良かったな。感謝しろよ。」

『アリガトウゴザイマス。』


「相変わらず、あなたたちは仲良いわね〜。」


『そんなわけないじゃないですか。
 うざみと仲良いとか、冗談じゃないです。』

「そーそー。
 くそちびがつっかかってくるだけですよ。」





俺は笑い声を我慢するのに必死だった。



クックッ・・・

こいつらのケンカ、低レベルすぎじゃろ・・・





「でも、先週はあなたたちが帰ったあと、生徒がたくさんきて大変だったのよ〜?」

『え?』

「みんな"宇佐美くんは?"とか"さんは?"とかって聞いてきて。
 もう帰ったわよ〜って言うと、残念そうに帰っていったわ。
 モテるのね〜、あなたたち。」





"宇佐美くん"ってどっかで聞いたと思ったが・・・



あの女子がよく噂しとる外部生のことじゃったか。

《クールでかっこいい〜v》って言われとったのに。


全然クールとは思えんがのぅ・・・





ガラガラ―――


控えめにドアを開ける音につづいて、「失礼しまーす・・・」という女の声が聞こえた。


そのあと、なにか言ってるみたいだったけどよく聞き取れなかった。

でも声のトーンで内容はだいたいわかる。



「あのー、絆創膏もらえますか?紙で切っちゃって・・・///」





なるほど。

それを口実に"宇佐美くん"に会いにきたってわけか。


よぅやるのー。





「おい、くそちび。絆創膏とってやれ。」

『私はくそちびではないのでとりません。』

「・・・チッ。
 、絆創膏。」

『・・・はい、どーぞ。一応、消毒もしてあげてね。』

「はぁ?消毒なんかお前がやれよ。」

「宇佐美くん、さん。
 悪いんだけど、どっちかひとり職員室への用事を頼まれてくれないかしら?
 この書類なんだけど・・・」

『あ、私いきまーす。』

「あ、おい!待てよ!」

『なに?私がいないと寂しくて死んじゃう?
 よし、君はうざみじゃなくてうさぎちゃんだ。
 でも大丈夫!そこの女の子たちがいるじゃないか。
 ってことで、ちょっと行ってきまーす。』





ドアの開く音がして、足音がどんどん遠のいていくのがわかったから

たぶんがでていったんだろう。



そのあと、"宇佐美くん"の舌打ちが聞こえた。


でも、なにかやってる音は聞こえるから、しぶしぶ消毒をやってあげてるんだろう。





「あ、ありがとう、宇佐美くん///」

「いーえ。気をつけろよ。」





心が全くこもってないのがおかしくて、俺は笑いをかみ殺すのに必死だった。



まー、でもそれから生徒が来るわ来るわで・・・





"宇佐美くん"に会いに来た女たちは、たいした用もないのに長居するし。

に会いに来た男たちは、お目当ての人がいないとわかるとすぐに帰っていく。



ゆっくり寝られんのじゃけど。










静かになったのは予鈴がなってからだった。








「あー、俺もう当番嫌なんすけど。くそちびも帰って来ねーし。」

「ふふふ。宇佐美くんモテるから。」

「別にモテたくなんかないっすよ〜。うざいだけだし。」

「わ、やっぱりモテる男は言うことが違うわね〜。」

「そんなんじゃないっすよ。

 あ、俺もう帰るんで、あとはくそサボリちびにやらせといてください。」

「ふふ。わかったわ。お疲れさま。」

「どーも。」


ドアの開く音がして"宇佐美くん"がでていく。








あー、ようやく静かになったか。

もうこのまま5限目もサボろうかの・・・










―――ガラガラガラッ





『あ、うざみ、もう帰っちゃいました?』



が保健室に帰ってくる。


走ってきたのだろうか。

少し息があがっている。





「ついさっきね。

 でも、遅かったわね。なにしてたの?」

『いやー、職員室で笹センに捕まっちゃって・・・

 ぐちぐち説教きかされてたんですよー。』

「ふふふ。それはご愁傷さま。

 じゃあ、先生はこれから出張に行くから。

 さんも早く行かないと5限目に遅れるわよ?」


『あ、これ置いたらすぐ行きます。』

「じゃあ、この鍵を放課後当番の子に渡しといてもらえる?

 あと、先生今日はもう帰って来ないから、戸締りもよろしくって。」

『りょーかいです!』

「じゃあ、ちょっと急いでるから先に行くわね。」

『はーい。』






先生が出て行った後、静かな保健室にはがなにかごそごそしている音しか聞こえない。



そして、ぼふっとなにかがソファに倒れこむ音。





―――――こいつ、5限目サボる気じゃな?








俺は物音を立てないようベッドを囲むカーテンに近づき、思いっきり開けた。





『ぅわぁっ!』



予想通り、くつろいでいたが、驚いてソファから飛び上がり俺のほうを見ている。


目はまん丸で、口はあんぐり。





クックックッ。

予想以上に面白い反応じゃのぅ。








「よぅ、はやく行かんと5限目が始まるぜよ?」

『に、におーやさん、いたの・・・?』

「まあな。4限目からおる。」



まだ状況が飲み込めていないのか、目をぱちくりさせるを見ながら、向かい側のソファに座る。







『んで、次もサボるの?』

「昼休みうるさくて全然寝れんかったしな。」

『・・・それって私のせい?』

「95%くらいな。」

『まじかよ!』



は、俺の前のソファに座りなおして

『ほぼ私のせいじゃないか・・・』と頭を抱えていたが、すぐに立ち直り、

『え?でも私けっこう早い段階で保健室でてったよね?』と聞いてくる。





クックッ。

ほんとに面白いやつじゃ。



必死に笑いをこらえる俺を、が不思議そうに見つめる。








すると、急に保健室のドアが開いて2人の男子生徒が入ってきた。

1人が足をけがしているのか、もう1人のほうの肩に体重をあずけている。





「あれ・・・、先生は?」

『先生なら、いまは出張でいないけど・・・どうしたの?』


「いや、体育館でバスケしてたらこいつが足ひねったみたいで・・・///」





答えた男子生徒の顔は赤い。


こいつも、たいがいモテるのぅ・・・


は男子生徒のそばまでいってしゃがみこみ、引きずっている足に触れた。





『あー、たしかにちょっと腫れてるかも。

 2人は同じクラスなの?』

「う、うん///」

『じゃあ、彼の手当てしとくから、先に教室戻って事情話しといてくれる?』

「あ、あぁ。わかった///」



そう言って、ケガをしてないほうの男子生徒は保健室を出て行った。







『じゃあ、靴下脱いで、そこの下の水道で足洗ってくれる?

 ひとりで歩ける?』

「あ、あぁ///」





男子生徒は右足をひきずりながら水道まで歩いていく。

男が足を洗っている間に、はテーピングやはさみを用意している。



俺はその様子をソファに座って黙ってみていた。





『じゃあ、こっちのイス座って?』


男は指示されたイスに座り、は小さな台を持ってきて、ケガをした右足をその台に乗せた。

そして、慣れた手つきでテーピングをしていく。










ほぅ・・・上手いもんじゃの。


ほんの30秒くらいで、テーピングは完成していた。










『はい。これで少々歩いてもいたくないはず。』

「あ、ほんとだ。すごいね。

 ありがとう、さん///」

『どういたしまして。もう授業も始まってるし、早く行ったほうがいいよ?』

「うん。ほんとにありがとうね///」



そう言って男子生徒は、顔を真っ赤にしたまま保健室を出て行った。





―――右足は引きずっていなかった。










「お前さん、そんなこともできたんか?」


テーピングやはさみを元の場所に戻しているに声をかける。



『テーピングのこと?

 まあねー、なんでもできちゃうからねー私。』

「ふーん。」



全て片付け終わったのか、が大きく息をはきながら、正面のソファに勢いよく座った。








『あー、疲れた。』

「お疲れさん。でも、楽しそうじゃの。」

『え?楽しそう?なにが?』

「"宇佐美くん"。」

『あー、うざみ?

 なんかいっつも私に対してけんか腰なんだよねー。

 ちょーむかつく。」



"宇佐美くん"の名前がでた瞬間、の眉間に皺が寄る。



「なんじゃ?そんなに嫌いなんか?

 じゃあ、なんで"宇佐美くん"とペアになったん?」


『あいつが勝手に私の名前を当番表に書いたの!

 おかげで、一緒にやりたがってた女の子に、ちょーにらまれた。

 まあ、あいつ、ちやほやされるのほんとに嫌そうだし?

 ペアの子までうるさかったら嫌だろうなーとは思うから

 別にもういいんだけどね。』


「確かに、今日も"宇佐美くん"目当ての女子が結構来とったな。」

『あー、やっぱそうなんだ〜。

 あいつ、なぜかモテるんだよね〜。

 でも今日はずっと放置して、ちょっと悪かったかな・・・』


「大変そうじゃな。

 でも、がおらんあいだに、お前さん目当ての生徒も来とったぜよ。」





『へ?私に?』


が目をぱちくりさせる。







「お前さん、けっこう噂になっとるからなぁ。」


『あー、"頭の良くない外部生"って?』

「まあな。」



俺の返事を聞いて、ガクッとうなだれる。


クックッ。

こいつ、ほんまに飽きんのぅ。





「うそじゃ。ほんとは"可愛い外部生"って噂になっちょる。」

『へぇー、そうなんだぁ。』


はあまり興味なさそうに言う。





「なんじゃ、喜ばんのか?」

『あれ、喜ぶとこだった?』

「普通の女の子なら、照れるぜよ。」


『きゃー、可愛い外部生だなんて///』

「きもいからやめんしゃい。」

『におーやさんが、やれって言ったんじゃん。』


2人で顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。





「お前さん、やっぱり面白いやつじゃな。」

『そりゃどーも。におーやさんもなかなかですよ。

 ・・・げ。』





がポケットから携帯をだして、画面を見て固まっている。



「どうかしたか?」


『いやー、クラスの友だちからメールきてさ・・・

 授業変更でいま数学の授業らしいんだよね。

 んで、担当の笹センにはさっきまで元気に説教食らってたし・・・

 サボってんのバレバレじゃん・・・

 あー、また怒られるー・・・』



ソファに思いっきりもたれて、顔は上を向いている。

かと思えば、頭だけ起こしてハッとした顔になる。





『いや、待てよ・・・

 保健委員の仕事で、ケガ人を手当てしてましたって言えばセーフじゃね?

 うん、うそもついてないし。

 よし、そうしよう。いまならまだ間に合う。』



そう言って、ソファから勢いよく立ちあがった。





『じゃ、私は行くね。』

「行くんか?」

『行くよ。』


「なんで?」

『いやー、だって数学だし。笹センだし。怒られるのやだし。』








「俺と2人きりなのに?」





俺はソファから立ち上がって、目の前に立つに近づき

手を彼女のあごに添えて上をむかせる。


そして、ぐっと顔を近づける。


の瞳には、俺の顔がアップで映っている。





唇が触れるまで、あと15センチ。










『それがなんで、サボる理由になんの?』



目の前の女は、顔色ひとつ変えていない。








ほんとにキス、するぜよ・・・?










「普通の女の子は、喜んでサボる。」


『きゃっ、もちろんサボります!』





「きもいぜよ。」


俺はのあごから手を離して、彼女のおでこにデコピンをおみまい。





そして、もといたソファにどかっと座った。







『いったー・・・』


は、おでこを押さえてしゃがみこんでいる。





「お前さん、危機感とかないんか?」



しようと思えば、キスできたぜよ?





『だって、噂によるとにおーやさん、《来る者拒まず・去る者追わず》なんでしょ?

 つまり、寄ってくる女には手をだすけど

 私にその気がなかったら、手なんか出さないってことでしょ。』







クックックッ。


そんなこと言う女は初めてじゃ。

つまり、俺に対してまったく"その気"がないってことか。





俺が口説いても顔色ひとつ変えないから、よっぽど鈍いやつなんかと思ったら・・・



ただの天然鈍ちんってわけでも、なさそうじゃの。










「お前さん、もうちょっと俺に興味を持ちんしゃい。」

『いやいや、持ってるよ?

 どこ出身なのかなーとか、なんで髪銀色なんだろーとか。』





核心をつくようなことを言ったかと思えば、すぐこれじゃ・・・

ほんま・・・ようわからんやつ。










「ところで、部活やらんの?」



鏡を見ながら、デコピンをされたところをチェックしているに話しかける。





『んー?やんないよ。』

「スポーツ、なんかやっとったじゃろ?」


『え、なんで?』



が驚いた顔で、俺のほうをパッと見る。





「筋肉、ついとるけぇ。

 さっきテーピングも慣れとったし。」

『さすが、におーやさん。するどいね。

 実はバスケやってたんだよねー。』



ほぅ。バスケか。

けっこう似合うぜよ。





「なんでバスケ部やらんの?」

『んー、やらないってゆーかー・・・

 正確に言うとできない、かな・・・・・・』



は、静かにそう言うと、俺から視線をはずして、窓のほうを見た。


窓の外は、まだ昼間だというのに薄暗い。

霧のような雨が静かに降り続いていた。



それを見つめるの横顔。


どこか哀愁をおびたその横顔を

俺はがらにもなく、綺麗だと思った。








が俺の視線に気づいたのか、ふと俺のほうを見る。





『てか、意外だね。』

「なにが?」


『におーやさん、噂では"他人には興味ない"感じって言われてるけど。

 そんなに私のこと気になる?』





俺はに言われて気がついた。

確かに、女に自分からこんなに質問したことないぜよ・・・








『あ、やばっ。そろそろまじで行かなきゃ。

 じゃーね、におーやさん!またね〜。』



なにも言わない俺を置いて、は慌しく保健室を出て行った。















俺は、が出て行ったドアを無意識に見つめていた。



『そんなに私のこと気になる?』





たしかに、俺から女に話しかけること自体めったにない。

なのに、が部屋から出ようとしたら、キスしようとしてまで呼び止めた。





俺は、出て行ってほしくなかったんか・・・?


出会って間もないあの女に?


いや、ちょっとからかってみたくなっただけか・・・





じゃあ、なんで・・・



なんで、キスしようとした・・・?

なんで、キスしなかった・・・?








俺は自分の中で理由を探す。





普通の女と違って、俺を恋愛対象とみてないから?

キスしようとしても、照れなかったのが悔しいんか?

だとしたら俺はすごい独占欲の持ち主みたいじゃな・・・


それとも、なにか?

俺は本気でのことが・・・?



いや、それはないか。


ただ変なやつじゃから、気になっとるだけぜよ。








まだ納得いっていない自分を、無理やりそう納得させて、

俺はベッドでもう一眠りすることにした。















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仁王くん、もやもやしてます。