「あー、ひまー・・・」
隣に立つ丸井が、大口をあけてあくびをする。
今、俺たちB組は音楽の時間。
そしてここは音楽室。
授業中とは言っても、真面目でやる気のある生徒だけがピアノの周りに集まって歌い、その他の生徒はそれぞれ好きなことをしている。
席に座ってガールズトークで盛り上がっている女子たち。
後ろで集まってDSをする男子たち。
そんな中、俺と丸井は窓際で日差しを浴びていた。
013.5 面白いやつ。by仁王
「あ!ちゃんだ〜v」
丸井のさっきまで眠たそうな顔が、一転、ぱあっと明るくなる。
窓からは、運動場でどっかのクラスの女子が体育で幅跳びをしているのが見える。
丸井はその中の誰かを見て興奮しているのだろう。
「体操服姿も可愛いな〜、ちゃん。」
「・・・"ちゃん"?」
どこかで聞いたような名前に首をかしげる。
誰じゃったかの、それ・・・
「ちゃんだよ、ちゃん!
俺と運命の再会を果たした外部生の子だって。
ほら、今跳んだ!」
あぁ、"噂の外部生"さんか。
丸井の指差したほうを見ると、きれいなフォームで幅跳びをする"ちゃん"の姿があった。
周りと比べてもかなりの距離を跳んでいる。
「ほぅ。あれが"ちゃん"、ね。」
「運動神経もいいんだ〜。
あ、しりもちついた。大丈夫かよ?
って、爆笑してんじゃん。
あー、やっぱ笑った顔可愛い・・・///」
おーおー、丸井のやつ顔が赤くなっとる。
今は"ちゃん"のことしか見えてないんじゃろうな。
俺は、にやけながら外を見つめる丸井が持っているオレンジティーを取って飲む。
お、これ、なかなかイケるぜよ。
「あっ!仁王、お前それ返せって!」
「ちょっとくらいくれたってええじゃろ?
最近、丸井こればっかり飲んどるし。」
「だめだっての!」
そう言って、丸井は俺の手にあるオレンジティーを取り返す。
それを大事そうに飲む丸井に、あきれた目を向けた。
ここまで食い意地はってると太るぜよ。
じゃが・・・
「そういえば最近、炭酸はやめたんか?」
前まで甘ったるい炭酸ばっかり飲んどったような気がするが・・・
俺がそう聞いたら、なぜか丸井は少し顔が赤くなった。
「いや、やめたっつーか・・・///」
口ごもる丸井に、先を促すような目線を送る。
「ちゃん、がー・・・好きなんだよ、オレンジティー///」
丸井の答えに、ますます疑問が増える。
「"ちゃん"が好きじゃったら、なんで丸井が飲むんじゃ?」
買ってあげるんならわかるが・・・
「ちゃんが飲んでるものを俺も飲みたくなるの!///」
・・・ようわからん。
「そういうもんかのぅ?」
「そーゆーもんなんだよ!///」
丸井は照れながらそう言って、ふたたび目線を窓の外に向けた。
・・・やっぱり、ようわからん。
俺はにやける丸井を見ながら、ますます疑問をふくらませていた。
+++++++++++++++++++++++++
「ジャッカルはいいよな〜。」
部活中、目の前のコートでラリーをしているジャッカルを見ながら、丸井が言った。
俺と丸井はベンチでラリーの順番待ち。
「なにがじゃ?」
「んー?だって、ちゃんと同じクラスで、しかも席も隣だぜ?
一緒にいられる時間なげーし、羨ましすぎだろぃ。」
ぷぅーっと風船ガムをふくらませる。
丸井は、入学式の前に"ちゃん"と会ったことがあるらしい。
それから、本人曰く"運命の再会"とやらを果たし、やけにその"ちゃん"を気に入ってる。
まあ、丸井はミーハーなやつじゃから、過去にもこういうことは何度かあった。
"ちゃん"は、いつまで続くかのぅ・・・
「そんなにええ子なんか?"ちゃん"は。」
「それが、ほんとに良い子なんだって!
まー、話したことない仁王にはわかんねーだろーけどな!
・・・あっ!」
いきなり丸井が校舎のほうを見て、小さく叫んだ。
そして、ベンチから立ち上がって校舎のほうに大きく手を振っている。
丸井の目線を追っていくと―――噂の"ちゃん"がいた。
"ちゃん"も丸井に手を振り返している。
「ちゃん、いま絶対俺のこと見てくれてただろぃ!
これって脈アリってことだよな!?」
「ええから、ラリーやるぞー。」
ジャッカルたちのラリーが終わって、俺と丸井の番がきた。
「よーしっ、俺の天才的妙技、見せてやるぜ!」
先にコートに向かった俺の後ろで、丸井が意気込んでいる。
いや、ラリー続かんからやめんしゃい。
「秘技☆綱渡り。」
丸井の打ったボールが、ネットの上を静かに転がって、俺のコートに落ちる。
それを見て丸井が、自慢げな顔を校舎のほうに向けた。
「こら、丸井。そんなんしたら、ラリーにならんじゃろうが。」
「だって、ちゃん見てんだもん。かっこいいとこ見せねーと!」
「それなら、ラリーでいいとこ見せんしゃい。」
丸井はあいかわらず"ちゃん"のほうを気にしている。
俺は小さくため息をついて、ネット近くに落ちたボールを取りにいく。
丸井のやつ、いつもに増してミーハーじゃのぅ・・・
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仮入部週間も終わり、テニス部にやっと本入部したころ。
昼飯を柳生と学食で適当に食べ、教室に向かって2人で歩いていた。
「仁王くん、あいかわらずよく授業をさぼっているみたいですね。」
「そんなことないぜよ。いつもちゃんと真面目に出とる。」
「次の5限目もさぼる気でしょう?」
眼鏡の奥から、疑うような目が向けられる。
全く。柳生は疑いすぎぜよ。
ま、図星じゃけどな。
「・・・プリッ。」
柳生の追求を適当にごまかしてから、彼とわかれて屋上へと続く階段をのぼった。
―――――なんか、少し荷物の位置が動いとる気がするのぅ。
屋上への道を阻むダンボール。
その場所が、前に来たときから少しずれていた。
誰かおるんか・・・?
―――――ガチャッ
さびついたドアを開けるのも、もう慣れているから簡単に開く。
ドアを開けて屋上を見ると、地面にブルーシートを敷いて寝転んでいる女子生徒が目に入った。
俺が入ってきたことに気がついたのか、その生徒は上体を起こしてこっちを見た。
「お前さんは・・・」
そこにいたのは"ちゃん"じゃった。
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が教室に戻り、ひとり残された仁王は、急に静かになった屋上で静かに空を見上げる。
しばらくその状態でぼーっとしたあと、先ほどまでが寝そべっていたブルーシートの上に寝転んだ。
俺なんてまるで眼中にないような態度で、シートまでひいて地面に寝そべってたかと思えば、
変なあだ名つけてきたり
ポケモンについてあんなに熱く語ったり
マリオカートであんなに必死になったり
―――――面白いやつじゃ。
目をつぶって仰向けになっている仁王は、さきほどまでのことを思い出して自然と口元がゆるむのを感じていた。
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仁王くんでした。